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●「繋がりを創り、生かそう」
先日(3/3)栃木市のSII社を訊ねた。依頼研修のM部長等との会合である。開口一番「Mさんとは30年らいの繋がりだね」「長いね」。そう、小生がかつて勤務していたS社時代からである。転身してから(40才で退社)28年になるが今だ支援し合う人生の良きパートナーだ。とかく途中退社なら切れるのが縁。退社後も「繋がっている絆」は我が財産なりである。M氏の昇進と共に、研修講師として招聘され、人材育成の一役を買っている。これも常識外だ。講師仲間でも、出た企業の講師をやることは少ない。嬉しい限りである。
「人の縁は細くても繋げよ。相手から切った縁は回復できるが、こちらから切ったら回復はしない」と常々肝に銘じ、年賀状だけでも継続実践してきた。おかげで、先月は23年前に出講した福島県のO社の研修を実施した。昨年思いがけず22年ぶりに招聘の依頼が入ってのことだ。当時担当係長だったT氏が部長職となり、ぜひ呼びたかったとの願いを実現したとのことだった。飛び上がるほどの歓喜であった。
各自、各様の人の繋がり、絆の楽しさはあると思うが、一方、孤独死、孤立、無縁、引きこもり、自殺の言葉も飛び交う。まさに、人が個の単位での生活困窮の実態である。
また個々が繋がり不足の状態もある。先のしあわせネット流山主催のシンポジュームでは、子供の教育に関して、家庭と地域と学校の連携の重要性が問われた。個を確立し過ぎて、都合の良い欲求だけの主張では互いに支え合う力の結集は難しい。この事は家庭内でもいえそうだ。子、親、祖父母、互いに心の繋がり、親子の絆、家庭内協力による楽しみの場はいかがであろうか。
2/14都内に嫁いだ娘が「バレンタインチョコ」をわざわざ自宅に持ってきた。手作りチョコに手書きのメッセージ、「旦那を置いて、くるんじゃない」と口で言っても内心は笑顔だ。小生宅(妻、娘3人)の絆の一端だ。できる限り、家族のイベント(誕生日、結婚記念日、入学、卒業祝い、そして祖父母の墓参り・・)を策してきたがこのお陰もありそうだ。
いずれにしても、人は出会い、関わり合い、支え合う。しかも、その場だけでなく時の経過とともに、共に繋がりの深さ、絆の太さを楽しむ。その中で「おかげさま」の言葉を交わし合う時を大事にしたいものだ。孤軍奮闘、果ては引きこもり、鬱病、自殺、孤独死無縁、家庭崩壊こんな言葉は目にしたくないと願う昨今である。
そのためには、自分に何ができるのか。マメに「声を掛け合う」「便りを交換する」、時には「一緒に語り合う」「新たな人と学び会う」「一緒に一つのことを成し遂げる」事だ。仕事、家庭、友人、地域、場はそれぞれだ。待っているより、自ら創り、施す実践を心がけたいものだ。
帰路、栃木名物の串団子、卵焼き、焼き鳥の味とM部長の人の味を反芻し、今後も長い繋がりを期した。
(H23.5.3 主筆:澤田 良雄)
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